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第1章
犯人逮捕


「数人からの目撃証言から容疑者が割れました。」
翌日、再び開かれた捜査会議で新たな報告が入った。
朝のラッシュ時から少し遅くに事件が起こったせいか、犯人の顔を覚えていた者が数人おり、過去の傷害事件などの資料により、容疑者が浮かび上がった。
「名前は『鹿嶋 勇斗』二十歳。2年前にも傷害事件を起こしています。しかしこの時は未成年だったため、保護監察官を付ける条件で、大した罪には問われなかったようです。」
「で、その保護監察官というのは今どこに?」
葉山は、ホワイトボードに向かって説明をしている宮下に訪ねた。
「今、吉村と結城が当時の人間をあたっています。」
そこへ捜査を終えた二人が戻ってきた。どうやら何か掴んだようである。
「大変なことが分かりましたよ。」
吉村は意気込んで話し始めた。
「当時の人間を当たっていたら鹿嶋のことを覚えていた者が居まして、その時の保護官と知り合いでもありましてですね。話を聞いてみたらなんと、被害者である『高山 雄一郎』ということが分かったんです。」
「なんだって!?」
その場にいた者たちは驚きの声を上げた。
「単なるゆきずりの犯行じゃなかったのか・・・。」
「それとですね。」
今度は結城が話し始めた。
「鹿嶋の友人達、何人かに当たってみたんですが、一昨日から奴に会っていないそうです。いつも3時頃に立ち寄っていたパチンコ店にも来なかったようで、鹿嶋の犯行と見て間違いないでしょう。」
「で、鹿嶋の住所は分かったのか?」
「はい。高田馬場のアパートに住んでいるようです。ここ2日ほど帰ってきていないようですが、部屋に荷物はあるようですから、近いうちに戻るのではないかと思いますが。」
「そうだな、逃げるにしても金なんかも必要だろうしな。」
葉山はうなずくと部下達に指示を出した。
「じゃあ吉村と結城は引き続き聞き込みをしてくれ、残りの者は鹿嶋のアパートに向かうんだ。」
「はいっ。」
捜査官達は一斉に部屋を出ていった。ただ一人残っていた宮下が葉山に近づいてこう言った。
「葉山さん、そう言えば高田馬場って、あの黒沢さんも家がその辺じゃなかったですか?」
「そう言えば、そんな気がしたな。不本意だが村上に聞いてみるか。」
葉山と宮下は、資料課に向かうことにした。

「今日も退屈な日だったなぁ。」
夕方も近くなった頃、椅子に寝ころんでいた村上は欠伸をかみ殺しながら、体を起こした。
「そんなに暇なら、資料でも読んでおいたらどうです?この間の傷害事件、まだ終わってないんでしょう。」
「そんなモノ、一課にはゆーしゅーな刑事さんが居るからすぐにでも解決するさ。」
机の上に足をのせ、すっかりくつろいでいる村上を見て北山は呆れたように言った。
「そんなモノって。」
「優秀なって、あの葉山さんですか?」
昨日に引き続き資料を読んでいた安岡は村上に聞いてみた。
「まあな。あれでも将来の警視総監候補だ。」
「へぇー、すごい人なんですね。」
「ったく、そんなのどうでもいいだろ。何であいつの話なんかしなきゃならないんだ。」
少しばかり苛立ちながら村上はぶつくさ言っている。
「あいつなんかで悪かったな。」
いつの間に来ていたのか、葉山と宮下が資料課の入り口に立っていた。
「おや、これはこれは。珍しい客だな。」
村上は体を起こして葉山に向かい、少しおどけたような声で言った。
「ああ、ちょっとばかり聞きたいことがあってな。」
「いいのかよ、俺なんかに聞いて。高く付くぜ。」
「何を言ってるんだ、全く。」
「まあまあリーダー。それでいったいどうしたんです。」
北山は村上をなだめながら葉山達に部屋に入るよう勧めた。
「実は今追っている事件なんだがな。容疑者が割れた。その容疑者の住んでいるアパートが、どうやら黒沢の家の近くらしくてな。」
「ほう?」
それを聞いた村上の目がきらりと輝いたのを安岡は見た。元捜査一課の刑事であった村上は、事件となると未だに血が騒ぐらしい。
「高田馬場のアパートだそうだ。」
「ああ、そりゃぁー確かに黒沢の住むアパートの近くだな。」
「で、その当人はどこに居るんです?」
隣にいた宮下はせかすように村上にそう尋ねた。
「なんか今日は早く帰るって言ってたな。」
時計は既に6時を回っている。数人の刑事がすでに近所を張り込んでいるはずである。
「もう帰ったのか。捜査の邪魔にならないよう忠告しに来たんだがな。」
「オイオイ、そりゃ無いだろ。俺達も刑事なんだぜ。」
「とにかく、俺達はこれからヤツのアパートへ向かう。邪魔したな。」
部屋を出ようとする二人に村上は声をかけた。
「ちょっと待て、俺も一緒に行こう。」
「なに?あ、おい村上っ。」
さっさと歩き出した村上の後を葉山と結城はあわてて後を追う。
「あー、また勝手に!」
酒井は村上に向かって叫んだ。しかしとっくに村上達は部屋から出ていっている。
「大丈夫なんでしょうか、黒沢さん。犯人と鉢合わせとかしてないと良いですけど。」
安岡は心配そうにそう言った。
「大丈夫ですよ、リーダーも行きましたからね。あの人も刑事ですから。」
北山はさほど心配している様子もなく、何事もなかったかのように言った。
しかし、この安岡の心配も、あながちはずれてはいなかったのである。

そのころ黒沢はコンビニでの買い物を終え、家に向かっていた。
「ええーっと、これで全部だよね。」
コンビニの袋を覗いていた黒沢は、曲がり角を曲がったところで、人とぶつかりそうになった。
「うわっ!」
「っと、あぶねぇ。気を付けろよ。」
「ああー、ごめんごめん。よそ見してたから。あれ?そう言えば君は近所に住んでる子だよね。こんな時間に外歩いてると危ないよ?」
「あんたには関係ねーだろ。」
「でも最近は物騒だし・・・。」
黒沢と鹿嶋が会話を交わしていた頃、村上達は近所まで来ていた。そして、道の先に黒沢達が居るところを発見した。
「おいあれって、黒沢じゃないか?」
「そうだな。そばにいるのは・・・、鹿嶋?」
「あいつ、鹿嶋の事知らねーんだよ。おい葉山っ。」
葉山は急いで、黒沢の方に駆け出そうとした。その様子に鹿嶋も気がついてしまった。このままでは逃げられてしまうかもしれない。
とっさに村上は犯人と鉢合わせになっている黒沢に向かって叫んだ。
「おいっ、そいつが例の逃走犯だ!」
「えっ?うわぁっ!」
あわててその場から逃げようとした犯人に向かっていこうとしたその瞬間、黒沢は自分で自分の靴ひもを踏み、バランスを失って倒れ込んだ。
「なっ・・・!」

ドシンッ!!どたーっ!

「「「あ!」」」

「痛ってぇ〜。って、あれ犯人は?」
ときょろきょろと辺りを見回している黒沢に、村上は頭を抱えながら言った。
「そこ、よく見て見ろよ・・・。」
「ふぇ?」
そう言われて黒沢は起きあがると自分の足元を見た。そこには男が倒れている。
どうやら、黒沢の持っていた買い物袋の直撃を食らったようで、犯人はすっかりその場にのびていた。
鹿嶋は向きを変えて逃げようとしていた。が、運悪く?バランスを失った黒沢に巻き込まれ、一緒に倒れてしまったのである。
葉山はしばらく唖然としていたが、はっと我に返ると部下に犯人逮捕を命じた。
鹿嶋はすっかり気を失っており、あっけない逮捕劇であった。


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