Five Score
第1章
ライバル登場


「そう言えば、前は警視庁の捜査一課にいたらしいな。」
「あれ、知ってたんですか?」
二人はしばらく黙って一課に向かっていたが、突然村上にそう言われ、安岡は驚いたように顔を上げた。
「前から噂だったんだよ、こっちに警視庁から来るらしいってな。特に一課の連中は色めき立ってたぜ、どんなすごいのが来るんだって。」
そのときの様子を思い出したのか、村上はさもおかしそうに言った。
「それがまさか、うちだったとはねぇ・・・。」
と隣を歩いている安岡の方に目を向けるといたずらっぽく微笑んだ。
「警察ってのは面白いところで、警視庁とかのエリートってのには敏感だからな。」
「そう言うものなんですかね。」
「所詮は縦社会だからなぁ。」
村上は思案を巡らすようにして歩いていたが、前方に見覚えのある後ろ姿を見つけると、足早に近づき声をかけた。
「よお、竹内!元気でやってるか?」
「わあっ!」
急に声をかけられた竹内は驚いて、持っていたいくつかの書類を落としてしまった。
「いきなり驚くじゃないですかっ。」
そう言いながら、あわてて書類を拾い集めている。
「おお、悪りぃ。」
村上は散らばっている書類の1枚を拾い上げた。
「検死報告?」
「あっ、何するんですかっ。」
竹内はあわてて村上からその紙を奪い取った。
「そんな邪険にしなくてもさぁ。」
村上は頭をかきながら、残りの書類も拾って竹内に手渡した。
「あなたが急に声をかけるから悪いんです。」
そう言いながら、竹内は一課に向かって歩き出した。やっと二人に追いついた安岡と村上はその後をついていく。
「せっかく頼まれた書類を持ってきたのに、それはないだろ。」
「わざわざ持ってきたんですか?」
竹内は立ち止まって村上に聞いた。
「そうそう、ついでにうちの新人を紹介してやろうと思ってさ。」
安岡を竹内の前に押し出した。
「こいつは竹内といって、元俺の部下だよ。」
竹内睦夫(27)は元村上の部下である。今でも何かと村上に事件の事を色々聞かれては律儀にそれに答えている。
「竹内です。よろしく。」
そう言って竹内は安岡に向かって、あわてて頭を下げた。
「本日から資料課に配属となりました安岡です。よろしくお願いします。」
安岡も同じように竹内に向かって頭を下げる。そして手にしていた書類を竹内に差し出した。
「これが頼まれてた書類です。」
「わざわざどうも。」
竹内はそれを受け取ると、今度は村上に向かって言った。
「中には、入っていきます?佐々木さんも今戻ってきてますよ。」
いつの間にか着いていたらしい。ドアはガラス張りで中の様子がよく見えた。
中では、何人かの刑事が忙しそうに動き回っている。
「イヤ、遠慮しとくよ。どうせあいつも居るんだろ?」
と帰りかけたとき、一人の男が村上達のいる入り口に近づいてきた。

「部屋の入り口で、何を騒いでいる?」
背は村上より少し低いぐらいだが、体格の良い男が入り口に立ちはだかった。
村上を一目見ると、とたんに憮然とした表情に変わった。
「資料課の村上か、こんな所に何の用だ?」
『やっぱり、居やがったか。』
村上は心の中で舌打ちをしたが表には出さず、壁により掛かりながら、むしろ余裕の笑みを浮かべた。
男の名は、葉山義隆29歳。年は一つ上だが村上とは同期だ。新宿署捜査一課では一番の出世頭で、いわゆるキャリアと呼ばれる存在である。そしてかつては村上とはコンビを組んでいた間柄であった。
「どうも、葉山さん。お忙しそうで何よりですね。」
丁寧だが幾分か皮肉を込めて発した言葉に、一瞬憤慨したような表情を浮かべた葉山だが、すぐに表情を戻すと、安岡の方に目をやった。
「なるほど、君が例の新人か。警視庁から来ると聞いてどんなヤツかと思ったが・・・。噂とは当てにならないものだな。」
そう言うと、安岡の顔をまじまじと眺めた。まるで品定めされているような目つきに、安岡は少しムッとしたが、表には出さないようにつとめた。着任そうそういざこざを起こすわけにもいかない。
「今日から資料課に配属されました、安岡優です。よろしくお願いします。」
頭を下げる安岡に、葉山は幾分か機嫌を良くしたらしい。
「君はなかなか礼儀をわきまえているようだな。私は捜査一課の葉山だ。これからもよろしく頼むよ。」
「俺に対する態度と、ずいぶんと違うんじゃないか?」
そんな様子を見ていた村上は、葉山に近寄ると、じろりと睨みつけた。葉山も睨み返したが村上を押しのけると、
「この私にまともな態度をとって欲しいなら、そう言う口はきかないことだな。」
と言い放った。
そうして二人はしばらく睨み合っていたが、そこに一人の女性がやってきた。
「二人ともいい加減にしたら?みんな見てるわよ。」
いくつかのファイルを脇に抱え、苦笑しながら佇んでいるのは、髪の長い綺麗な女性だった。
「よお、真里。・・・久しぶり。」
「佐々木君か、君も戻っていたのか。」
二人はほぼ同時にそう答えて、思わず顔を見合わせてしまった。そんな二人を見て真理はおかしそうに笑った。
佐々木真里は葉山、村上とも同期で捜査一課の紅一点である。
「村上君も相変わらずねぇ。葉山君も大人げないわよ。」
「佐々木君もなかなか手厳しいな。まあ、確かに大人げなかったか。」
葉山少しばつが悪そうに答えると、
「佐々木君、彼が資料課に来た安岡君だそうだ。」
と安岡に視線を戻した。
「じゃあ、あなたが新しく来た子ね。私は捜査一課の佐々木真里です。これから何かとお世話になるかもしれないけれど、よろしくね。」
そう言われて安岡はどぎまぎしながらも、今までのように真里にも挨拶をした。
「まあ、そう言うわけで資料のほう、確かに渡したからな。安岡、戻るぞ。」
村上はもう一度、葉山の方をちらりと見やってから、くるりと向きを変えるとさっさと歩き出した。
「それじゃ、失礼します。」
安岡は頭を下げると、急いで村上の後を追った。

二人を見送りながら、真里は葉山の方に向き直ると、ため息をつきながら尋ねた。
「全く、あなた達ときたらどうしていつもああなの?」
「あいつの方から突っかかってくるんだ。それにいちいち反応する俺も悪いとは思うんだがな。」
「昔はよく二人でつるんでたのに。・・・もしかしてまだあの事を気にしてるの?」
葉山はそれには答えず、
「もうそろそろ、捜査会議の時間だろ。さっさと戻るぞ。」
そう言って、部屋の中へと入っていく。竹内もそれに続いた。
「全部忘れろっていうほうが無理ね・・・。」
真里はしばらく過去に思いを巡らしていたが、ふと我に返ると、廊下を振り返った。そこにはすでに村上達の姿はない。
「さあ、会議室へ急がなくちゃね。」
そう呟いて、会議室へと歩き始めた。


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